自由と貴方と私の話
「僕はもはや戻れないと思っている。自由な生活は今更無理かなと思ってる」
私の推し、丸山隆平くんはこう言った後にいつも通りおどけて笑っていた。
アイドルを好きになって、「自由」ってなんだろうって思うことは多々あった。
女性関係は勿論のこと、発言や思想のあり方、私生活の過ごし方や身内の関係、そういうプライベートな事がきちんと守られて害されないでいるのかな、ちゃんと。
好きな人には幸せでいて欲しい。
豊かで、ストレス無く、健全な日々の中で満足して生きていて欲しいし、そういう根本的な人生の満足度が高ければずっとこの仕事をしてくれると思っている。
だから、根も葉もない噂話やら私生活を追いかけ回すようなゴシップは嫌いだし、自分から彼の私生活やオフにまつわる隠し撮りやら目撃情報はSNSの中でも出来る限り徹底して見ないように、検索なんか絶対しないように避けてきた。
でもそんな綺麗事を毎日毎日考えたって結局アイドルを好きである以上、やっぱり女性関係あたりはシビアな問題だ。
私だって嫌だ。推しに熱愛が出たら寝込むし、普通にムカつくだろう。
絶対相手の女に悪感情を抱き、記者を嫌悪し、無神経な外野を睨みつける。場合によっては口汚く吠えるかもしれない。
それは絶対。すでにわかってる。私は絶対熱愛やら結婚を歓迎出来ないオタクだと。
自由、には絶対婚姻の自由は含まれている。
それでもそれを嫌だと思う。好きな人に自由で幸福でいて欲しいのに、自由を堂々と侵害している。自己嫌悪と正当化を繰り返しながら、画面の先の笑顔がファンのものだと安心した。
幸いなことに私の推し、丸山隆平くんは女性関係があまり騒がれない。
それを彼の美点と、プロフェッショナルだと称える気持ちも少なからずある。
でも同じだけ「ファンが妻」という呪縛の重さを感じる。
ファンはファンだ。流動的に加減する、個人単位ではない不特定多数の集団だ。たった一人のアイドルと、数えきれない移り変わるファン。
その関係はきっと普通の人生じゃ得難い感動や、信頼、自信、に繋がることもあるだろう。
彼がとてもファンを思い、力にしてくれているのはよく分かる。彼はよく言葉にしてくれるタイプの人だから。
エゴサーチをしているのも知っている。彼はそれを隠していないから。
ファンの声や願いにとても従順でいてくれているのも、それを彼がファンへの愛としておこなってくれているのも知っている。
そしてそれだけの制約を、人生に対する制限を、彼が彼自身に課していると私は思っている。
優しくて、可愛くて、ちょっと情けないけどやる時はやる、ファン思いのまるちゃん。
パッケージされた、彼の提供したいアイドル。
いつも笑っていて、楽しくて、元気な丸山隆平くん。ふざけて、いじられて、たまにきついことを言われたりしながらもいつだって笑顔の中心にいる。
そんな、素敵なアイドル。
私はそんな彼が大好きだ。
世界一愛してるし、なんて誠実に真摯にアイドルでいようとしてくれるんだろうと感動する。
彼はいつだってアイドルとして、アイドル丸山隆平として、正しい。
正しい彼を愛している。
正しくあろうと努力する心を誠意だと思う。
彼が決めた、彼の中の「アイドル丸山隆平」を正しく継続しようとし続けてくれる姿をプロフェッショナルだと思う。
だから、彼の言った「もはや戻れないと思っている」という言葉は重かった。
自由な生活を彼は捨てた。
それはアイドルとしてきっと正しい。
365日24時間、彼はいつだってアイドルになれるし、アイドルのまま。
世間で言えばそれはきっと当たり前みたいに思われるかもしれない。
記者に張り付かれても有名税、お休みの日にファンに丁重に対応するのも当たり前、発言や思考も影響力があるのだから細心の注意を払うべき、私生活も品行方正で女性関係は以ての外なのは夢を売る仕事だから義務。
そりゃそうだ。きっと正しい。
そして、彼はそういう生活を受け入れた。
自由な生活は今更無理。彼はそうやって、笑わないで言った。
それはファンに対する誠意の発言だったかも知れないし、彼が彼自身に課しているアイドルとしてのルールなのかもしれないし、真意はわからないけど。
私はそれを嬉しいとも切ないとも思った。
彼はアイドルでいてくれる。
彼はアイドル以外出来ないと、骨を埋めるとも色々な場面で言ってくれるから、その意思が変わらずそこにあることは嬉しかった。
彼はみんなのものでいてくれる。
アイドルとしてなんて、正しくて、真理なんだろう。
そう思ったし、反対に心臓が痛いほど切なかった。
自由な生活を捨ててしまった。
好きな人は自由な生活を二度と手に入らないし、今更不要だと断じた。
それって幸せ?
アイドル丸山隆平を愛してる。
アイドルとして生きて、アイドルとして尽くし、アイドルとして胸を張る丸山隆平くんを好きになったし世界一愛してる。
そして同じだけ人間、丸山隆平も好きだ。
本当は秘密主義で気難しいところも、小心者で自信がないところも、そのくせ頑固で波風を立てたくない割に思ったことは言わずにいられないからちょっと嫌味なのを知っている。
アイドル丸山隆平くんから零れ落ちたささやかな人間味を愛しく思う。
その小さなリアルをいつだって見逃したくなくて、垣間見れたら嬉しかった。だから、アイドルとしての正しさや彼のアイドルへのこだわりのようなものを見れば見るほど胸が痛むときがある。
ただの人間としての丸山隆平くんまで愛してしまう。
きっとそんなリアルの彼なんか1%くらいしか知らないけど、その1%すらたまらなく好きなのだ。
99%の彼を知らない。
でも、それで良かった。
テーマパークの着ぐるみの中身を知らなくていいように、きっと知らなくていい。
彼のリアルを、自由を知らなくたっていい。
100%のアイドルと1%のリアルで十分だった。
彼は何も不足なんかない、私の世界のスーパーアイドル。
彼は自由な生活を諦めて、捨ててもいいと思ってしまったのをこんなにも切なく思うのにやっぱりどこか嬉しかった。
プロフェッショナルとして、アイドルとして、彼は私が惹かれた通りの信念のまま。
彼の輝きの下でどれだけの苦悩や苦痛があったのか、私はよく考える。
勝手に光るものなんてきっと無い。
火をつけるためには何かを燃料にしなければならないし、宝石は磨かなければいけないし、星はいつか燃え尽きる。
幸福でいて欲しい。
何も失わないでいて欲しいのに、彼が自由を切り売るたびに私自身は満たされるのが切ない。
時間も気持ちも人生も何もかも、本当は他人に口出しなんかされてはいけない、かけがえのない個人の資産だ。
それを彼は切り売ってくれる。
嬉しいし、愛しい。
彼の選んだ、彼のアイドルとしてのやり方にこれからもきっと満たされ続ける。
彼のそういう態度をきっと賞賛してしまう。
でも、無理はしないで欲しい。
自分の人生を投げ打って欲しくないし、自分の人生を大事にして欲しい。
私が思うよりずっとそういったコントロールが上手なのかもしれないけど。
結婚しないでとか、髪を伸ばしてとか、わがままばっかり言ってごめんねと思う代わりに私は彼のリアルを1%以上は求めないでいたい。
潤んだ目を緊張だとはぐらかすなら何も言わない。
言葉にならない気持ちを持て余して薄く笑うなら何も知らないふりをする。
苦しさも、切なさも、幸せも、希望も、何もかも彼自身のものだ。
彼の中身がなんだっていい。
着ぐるみを無理矢理剥いで中を覗き込む趣味なんてない。
ただ、その中身を想像するのはきっとやめられないのだ。
だって、あんなに輝いて眩しくて美しくて綺麗なんだから。
綺麗な花が詰まっている、温かい炎で満ちている、星が煌めく宇宙が広がっている。
彼の心は彼だけのもので、それを分け与えてくれる分だけ受け取りたい。
自由はいつまでも彼のものだ。
全てを暴きたいのも愛かもしれないけど、私は彼が意図して分け与えてくれたものだけを受け取っていたい。
私の愛したアイドルと私の在り方がこれなだけで他の人のことは知らない。
私は私の好きな人しか知らないし、私は私しか知らない。
盲目に彼の都合のいい美点だけを愛してしまってるように見えるかもしれない。
でもそれで結構。
私はそういうオタクだから。
私の世界は彼がいるから天国なのだ。
アイドルという天国に彼がいるわけじゃない。
私は愛したアイドルに幸せで満たされて健全な日々の中で生きていて欲しい。
移り変わる心の中で変わらずに愛していたいと思う。
奇しくも永遠が無いことを私達は知ってしまったけど、限りなく永遠に近い時間、彼には健やかにアイドルでいて欲しい。
終わりは必ずあるけれど、その終わりをより遠くに出来るように彼が努力する限り同じように努力していたい。
もはや戻れないこの世界で、丸山隆平くんに幸せでいて欲しい。彼を幸せにする方法を私はずっとずっと考えていたい。
笑った顔が世界一可愛いから、ずっとずっとその顔を見ていたい。
私ももはや戻れないのだ。今更無理だ。
愛しちゃったのだから、後戻りは出来ない。
これからも飽きるほど彼の幸せと自由を祈りながら、ファンとしてのエゴに苦悩する。
苦しんで、悩んで、不要な情報に踊らされ、みっともなく喚いて、それでもきっと好きなまま。
誰のものにもならないで欲しい。
それは結婚しないでとかいうとんでもないお願いもそうだけど、結局はファンのものにもならないで欲しい。
いつまでも自由に、自分自身のことを何よりも愛していて欲しい。
自分のための人生を、限りある尊い時間を、自分の決めた生き方で生きて欲しい。
世界一好きな人だから、世界一幸せに生きてもらわないと困るので。